​夜の帳が下りる、寂れた街の一角にあるバー「夜蝶」。琥珀色の照明が、カウンターに座る美咲ママの肌を艶やかに照らす。35歳（設定変更）とは思えない色香を放つ美咲は、グラスを磨きながら、いつものように常連客の相手をしていた。​

「ママ、また競馬雑誌読んでるんですか？」​

美咲の向かい、カウンターでウィスキーをちびちびやっているのは、25歳の証券マン、祐一だ。優柔不断でどこか頼りない彼だが、美咲との会話を楽しみにしている。​

「あら、祐一くん。たまには頭を使わないと、このお店の経営も立ち行かなくなっちゃうわ。今週末はね、牝馬クラシックの最後を飾る秋華賞よ。京都の芝2000m、三冠の行方を決める重要な一戦だわ」​美咲は雑誌を閉じ、祐一に視線を向けた。その瞳の奥には、データと経験に裏打ちされた知性が宿っている。

「今年のクラシックは、エンブロイダリーが桜花賞を、そしてカムニャックがオークスを制して、ねじれ現象を起こしたでしょう？どちらが真の女王か、っていうのが、この秋華賞の最大の焦点よね」​美咲はそう言うと、静かにグラスに氷を足した。

​「祐一くん、競馬ビギナーのあなたでも、牝馬三冠の難しさは少しは分かるかしら？特にこの秋華賞は、春の二冠とはガラッと流れが変わることが多いのよ」​美咲は続けた。​

「データを見てごらんなさい。桜花賞馬のエンブロイダリーは、オークスに出たわよね。結果は9着。桜花賞馬としては不本意な結果だったわ。そして今回、ローズSを使わず、ぶっつけでここへ来る。

これは**『オークス大敗（6着以下）からの直行組』となるんだけれど、過去の傾向では、オークスで掲示板を外した馬の巻き返しはかなり少ないの。特に3着外（凡走）だった馬は駄目**という厳しいデータがあるから、エンブロイダリーにとっては、ここが最大の壁になるわね鞍上のルメール騎手でも、このデータは無視できないわ」​

「逆にオークスで勝ちきったカムニャックは、前哨戦のローズSを完勝してここへ。

過去のデータでも**『オークス馬は信頼度マックス！』、特に『1番人気になったオークス馬は連対率60%』**と、軸馬としてはこれ以上ないくらい盤石のデータなの。

オークス馬で前哨戦も勝って、しかも鞍上は川田騎手。これはもう、揺るがない『軸』と見ていいわ」​祐一は、美咲の流れるような説明に、ただ頷くばかりだ。

​「ただね、祐一くん。競馬の面白さは、データが示す『絶対』の壁を、時々『穴馬』が打ち破るところにあるの。

特に秋華賞は、**『紫苑S組』**が近年好走していて、ステップレースの重要性が高まっているわ」​美咲は、再び競馬雑誌を開いて、祐一にページを示した。​

「見て。このレースで勝つための条件。まず、極端な脚質の馬は苦戦しているわ。『逃げ』は勝ちは無しで、『追い込み』も連対はあっても勝ちはゼロ。

そしてね、一番大事なのが、**『オッズ15倍以上は勝ち無し』という点。つまり、極端な穴狙いは禁物で、人気サイドから選ぶのが鉄則よ。

特にキャリアが浅すぎる馬、具体的には『キャリア4戦未満』**の馬（ヴーレヴー、ケリフレッドアスクなどが該当）は、タフなG1で苦戦する傾向にあるわ」​美咲はため息を一つ。​

「それと、内枠、特に**『1枠は勝ち無し』という鬼門のデータも無視できないわね。どの枠に入るかも重要なポイントよ。これらを総合して考えると、人気を集めるであろうカムニャック**は、まさに勝ち馬の条件を満たしているわ。でもね、美咲が気になるのは、穴で一発あるとしたら、という馬よ」

​「祐一くんは、いつも優柔不断でしょ？だからこそ、ここは私がビシッと決めてあげるわ。頼りない男には、しっかりしたナビが必要なの」​美咲は、艶然と微笑む。​

「過去のデータの中に、**『穴なら前走1番人気の下級条件馬』**という項目があるの。連対率は15%と低いけれど、こういう馬が一角を崩すと、配当が跳ね上がるのよね」​美咲は、グッと身を乗り出し、声をひそめた。

​「今年のその条件に該当する一頭、グローリーリンク。前走、阪神の条件戦でしっかりと勝ち切ってきたわ。阪神の条件馬は、格上挑戦でも健闘することが多いのよ。人気は薄そうだけど、この馬の末脚には期待したいわね」​美咲は最後に、結論として本命と穴馬をまとめ、祐一に視線を送った。