阪神カップの結果に釘付けの夜。ナムラクレアの豪脚に「興奮を隠せない美咲…」
阪神Cの結果に釘付けの夜「ナムラクレアか…、やっぱり強いな。」バー「夜蝶」のカウンターで、美咲はグラスを傾けながら、今日の阪神カップの結果を見返していた。
大外から豪快に差し切ったナムラクレアの走りには、競馬好きの常連客たちと同様に、彼女も興奮を隠せない。
「ママコチャ、惜しかったね。」いつものようにカウンターに座る祐一が、物憂げに呟く。美咲は、祐一の方をちらりと見て、苦笑する。
「そうね。でも、競馬って面白いわよね。一瞬の出来事で、こんなに心が揺さぶられるんだから。」美咲は、祐一の視線を避けるように、グラスを回す。祐一は、美咲の複雑な表情に気づきながらも、何も言えなかった。
「ところで祐一くん、明日は有馬記念だって知ってる?」美咲は、話題を変えようとしたのか、そう尋ねる。祐一は、うなずきながら答えた。
「うん。ドウデュースが出走取消になったのは残念だけど、アーバンシックが人気みたいだね。」
「そうみたいね。ルメール騎手が選んだ馬だもの、注目だわ。」
美咲は、新聞記事に目を落とす。北九州市のマクドナルドでの事件や、インフルエンザの流行といった社会ニュースが目に飛び込んでくる。
「美咲の娘さんもインフルエンザだったんだってね。」祐一は、美咲の娘の話を切り出した。美咲は、一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻す。
「ええ、もう熱は下がったけど。でも、学級閉鎖になっちゃって、かわいそうなの。」美咲は、そう言いながらも、どこか寂しげな表情を浮かべていた。祐一は、美咲の娘のことをよく知らなかったが、彼女が子供を愛していることは感じていた。
「そういえば、美咲は娘さんのことをお客さんに言わないって決めてたよね?」祐一は、美咲の秘密に触れてしまったことに気づき、慌てて言葉を濁す。
美咲は、静かに祐一を見つめ、そしてゆっくりと話し始めた。
「ええ。だって、私はこの店で働いているんだもの。私的なことはあまり話したくないの。それに、お客さんには、ただの一人の女性として見てほしいから。」美咲の言葉に、祐一は複雑な気持ちになった。
美咲は、バーのママとしての顔と、一人の女性としての顔の両方を持ち合わせている。そして、その二つの顔を見事に演じ分けている。
「でも、祐一くんには言ってもいいかな。」美咲は、そう言うと、再びグラスを口に運んだ。祐一は、美咲の言葉に、心臓がドキドキと鳴るのを感じた。
「私は、祐一くんのことを信頼しているから。」美咲の言葉は、静かに、しかし確実に祐一の心を揺さぶった。祐一は、美咲の瞳を見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「僕も、美咲さんのことを信頼しています。」二人は、しばらくの間、何も言わずに互いの視線を交わし合った。妖艶な夜の帳が下りる、寂れた街の一角。バー「夜蝶」には、二人の間の静かな波紋が広がっていた。