今夜もグラスの氷が静かに鳴るバー「夜蝶」。競馬雑誌を片手に、秋のG3、新潟記念について思案する僕に、ママがそっと微笑みかける。優雅な所作でグラスを磨きながら、彼女は過去のデータと今年の出走馬を照らし合わせ、静かに、そして熱く語り始めた。これは、ただの予想ではない。馬の息遣いまで感じ取る、美咲ママの”馬券師”としての本気が詰まった新潟記念攻略法だ。

​今夜もまた、あの寂れた路地裏にあるバー「夜蝶」のネオンが、ぼんやりと街を照らしている。カウンターの向こうでグラスを磨く美咲ママの横顔は、32歳という年齢を忘れさせるほど色っぽくて、つい見とれてしまう。僕、証券マンの祐一は、そんなママに会いたくて、毎週のようにこの店に通っている。​「ママ、今週の新潟記念、どうですか？」​競馬雑誌を広げながら、僕は思い切って話しかけた。ママはにこりと微笑んで、いつものようにグラスを磨く手を止めた。​「あら、祐一くん。相変わらず競馬に夢中ね」​そう言って、ママは僕の隣に座った。その瞬間、ふわりと漂う香水の香りに、僕は少し緊張した。

​「今年の新潟記念はね、今までと違ってハンデ戦から別定戦に変わったの。だから過去のデータがそのまま使えるわけじゃないけど、それでも鍵になるポイントはいくつかあるわ」​ママはそう言うと、持っていた競馬雑誌に目を落とした。​

「まず、展開。新潟の2000mはね、スローになって直線勝負になりやすいの。だから、後方から一気に脚を使う馬に注目したいところね。ヴェローチェエラ、エネルジコ、クイーンズウォーク、シランケド、ブレイディヴェーグあたりは、そういう競馬が得意そうね」​ママの言葉は、まるで競馬記者のようだ。僕は感心して聞き入った。​

「それから、今年の重賞実績も重要ね。このレースを勝つ馬は、その年に重賞で3着以内に入ってる馬が多いのよ。ヴェローチェエラ、エネルジコ、クイーンズウォーク、コスモフリーゲン、シェイクユアハート、シランケド、ディープモンスターあたりがこの条件に当てはまるわ」​ママはさらに続けた。​

「それから、3歳馬。もし上位人気になるようなら、信頼度はかなり高いわよ。エネルジコがそれに当たるわね。あとは、リピーターの存在も見逃せない。ユーキャンスマイルやジナンボーみたいに、このレースで好走した馬は、翌年も好走する傾向があるの。今年の出走馬だと、去年の勝ち馬シンリョクカがそうね」​

「へえ、ママって本当に詳しいんですね」​「ふふ、祐一くんには負けるわ。でもね、競馬はデータだけじゃなくて、最後の脚も大事なの。特に新潟の直線は長いから、上がり上位の脚を使える馬が最後にグイッと伸びてくるのよ。エネルジコやシランケドは、そういう脚も持ってるわ」​

ママはそう言って、僕の目を見た。その瞳は、昼間僕が見ている株式チャートよりもずっと複雑で、奥深かった。​「で、ママのおすすめは誰なんですか？」​僕がそう聞くと、ママは少し照れたように笑った。​「しょうがないわね、特別よ」