グラスを磨く手を止め、美咲はふわりと微笑んだ。いつものようにカウンターの端に座り、ぼんやりとスマホを眺めている祐一は、差し出されたグラスに小さく頷く。「…美咲さん、聞いてくださいよ。今週のキーンランドカップ、全然わかんないんですよ」と、情けない声で祐一がこぼす。

美咲はくすりと笑い、「キーンランドカップね。荒れやすいから難しいわよね。でも、そういうレースこそ、面白いじゃない」と応じ、祐一の隣にそっと競馬新聞を置いた。祐一は目を丸くし、「美咲さん、競馬に詳しいって本当だったんですね…」と言う。

美咲は「ふふ、まあね。見かけによらず、結構データとか見るの好きなのよ。ほら、今日のこのレース、ちょっと一緒に見てみましょうか」と、滑らかな指先で新聞の紙面をなぞり、ゆっくりと話し始めた。​

「祐一、このレース、面白いデータがいくつかあるのよ。まず、函館SSから来る馬がいないこと。これは過去の傾向からすると珍しいわね。

それに、上がり最速の馬が勝率、連対率、3着内率でかなり優秀なの」と、美咲は新聞に載っている馬名を指差した。

「特に、エーティーマクフィ。この馬、近3走で最速上がりを記録しているの。前走は久々の洋芝で快勝しているし、荒れた馬場なら面白い存在になるわね」と続けた。祐一は真剣な表情で美咲の話に耳を傾けている。

さらに美咲は「オッズも重要よ。単勝2倍から7倍の馬が好走する傾向にあるわ。逆に、穴を狙うなら10倍から30倍の馬。ペアポルックスやフィオライア、ナムラクララあたりが該当するわね」と語った。

祐一は「でも美咲さん、パンジャタワーって前走NHKマイル組ですよね？ それってどうなんですか？」と質問すると、美咲はニヤリと笑い、「いいところに気づいたわね、祐一。そうなの。NHKマイル組は過去にあまり好走例がないから、危険性もはらんでいるのよ」と教えた。

グラスを口に運びながら、美咲は話を続けた。「あとね、このレース、面白いことに1から4枠は不振傾向にあるの。開催後半で馬場が荒れてくるから、スムーズに走れる外枠が有利になるってことね」と説明した。

​そして、「前走1番人気だった馬が信頼できるの。勝率20%、連対率30%、3着内率40%って、結構な数字じゃない。除外対象のロートホルンを除くと、レイピア、ペアポルックス、カルプスペルシュあたりがこの条件に当てはまるわ」と述べた。美咲の淀みない語り口に、祐一はすっかり引き込まれていた。

「美咲さん、すごい…新聞に書いてあることをただ読むだけじゃなくて、色々なデータが頭に入ってるんですね」と感心した。

「ふふ、当然じゃない。ただの酔っぱらい相手に、本気で予想するほど暇じゃないわよ」と、美咲はからかうように笑い、カウンターに身を乗り出した。

「さて、ここまで話したら、私からの本命と穴も教えてあげましょうか」と言った。

美咲ママ

【激推し：本命&穴推奨馬】として、本命と穴を挙げた。

​本命：ペアポルックス

「予想オッズは10倍を超えているかもしれないけど、最終的には7倍は切ると読んでいるわ。前走の青函Sでは、大外枠が響いて力を出し切れなかった。でも、今回は巻き返してくるわよ。祐一、こういう馬を信じるのよ」​

穴：エーティーマクフィ

「ダートを中心に使われていたけれど、前走で久々の洋芝を快勝して、改めて適性を証明したわ。荒れた馬場と最速の上がり。この馬の持ち味が存分に活かされるはずよ」​

「ねぇ、祐一。競馬も仕事も、データはあくまでデータ。最後に信じるのは、自分の勘と、それに裏打ちされた情熱よ。さ、もう一杯いかが？」美咲はにこやかに祐一に問いかけた。その瞳は、まるでレースの行く末を見通しているかのようだった。