美咲の艶やかな指先が、グラスの縁をなぞる。札幌の夜風が、バー「夜蝶」のドアをかすかに揺らしていた。カウンターの向こうで競馬雑誌を読みふけっていた祐一が、不安げな表情で顔を上げる。

「ママ、今年の札幌記念、どう思います？正直、全然わからなくて…」美咲はくすっと笑い、祐一のグラスにそっと氷を足す。「ふふ、祐一くんは本当に正直ね。今年の札幌記念はね、過去の傾向がより顕著に出てるのよ。

ポイントは3つ。まず1つ目は、前走のクラスよ。過去のデータを見ると、G1組かG3組の好走確率が高いわ。特にG1組は勝率が高い傾向にある。逆に、函館記念組は惨敗した馬から狙うのがセオリーなの」

「2つ目は、内枠が優勢であること。1〜4枠に入った馬は、脚質を問わずに結果を出しやすいわ。

そして3つ目は、上位人気馬の信頼度ね。1〜5番人気までの複勝率が無視できないレベルだから、むやみに大穴を狙うのは危険よ。この3つの傾向をしっかり押さえておけば、予想の軸が見えてくるわ」

美咲の淀みない説明に、祐一は感心したようにうなずく。「すごい…！じゃあ、今年の出走馬だと、どの馬がその傾向に当てはまるんですか？」美咲は優しく微笑むと、指でカウンターを軽く叩く。

「まず、G1組に該当するのは、アラタ、コスモキュランダ、シュヴァリエローズ、ステレンボッシュ、ホウオウビスケッツ、リビアングラスあたりね。この中でも特に注目したいのは、ホウオウビスケッツ。そして、今年G1で実績を残しているステレンボッシュも有力候補と言えるわ」

「次に、函館記念組で惨敗した馬を探すなら、アウスヴァール、アルナシーム、トップナイフ、ボーンディスウェイあたり。

この中で穴馬として面白いのはアルナシームね。前走9番人気で6着と、穴馬の条件を満たしているから侮れないわ。あとは、前走6〜9着、6〜9番人気、そして負けが1.0秒以内のオープン馬という穴馬の条件に当てはまるコスモキュランダも、人気薄で好走する可能性を秘めているわ」

「なるほど…。でも、結局どの馬を信じればいいのか、迷っちゃいますね」

そう言って照れくさそうに笑う祐一に、美咲は意味深な笑みを浮かべて、そっと耳元に囁く。

「勝負は、自分の信じた馬に乗ることよ。でも、私の馬券術は、しっかりとした根拠に基づいて組み立てるの」美咲は、再びグラスを手に取ると、静かに語り始めた。

「私はね、過去の傾向と現在の馬の状態を総合的に判断して、本命馬と穴馬を選び出すわ。今年は、上位人気馬の安定感は無視できない。

特に前走G1組の好走確率は高いから、その中でも最も信頼できる馬を本命に据えるのが妥当ね」「そして、穴馬は過去のデータに加えて、直近のレース内容も考慮するの。惨敗していても、着差が少なかったり、見せ場があったりする馬は、一変する可能性を秘めているわ」美咲は、優しく微笑んで、祐一の瞳をまっすぐに見つめた。

ホウオウビスケッツね、第1部で話した**「前走G1組は好走確率が高い」という傾向にぴったり当てはまるの。

でもね、祐一くん、もっと大事なポイントがあるのよ。この子は、去年の函館記念を勝っているの。函館と札幌は、同じ北海道で、芝コースが「オール洋芝」という共通点があるわ。

つまり、この子は洋芝巧者**なの。近走の成績だけでは測れない、このコースとの相性の良さが最大の強みよ。札幌の時計のかかる馬場を、自分の得意な舞台にできる。だからこそ、今年の札幌記念でも本命に推すのが妥当だと判断したの。

アルナシームは、**「函館記念組は惨敗した馬を狙う」**というセオリーに合致するのよ。

前走は函館記念で9番人気6着と、正直なところ良い結果とは言えなかったわ。でもね、着差はそれほど大きくなかったし、見せ場はあった。人気がなかった分、今回はノーマークになりやすい。

過去の傾向と直近のレース内容を照らし合わせた結果、一変する可能性を秘めた穴馬として、面白そうだと思ったのよ。ふふ、こういうロマンを追いかけるのが、競馬の醍醐味よね。