バー「夜蝶」のママ、美咲は、その妖艶な佇まいで、常連客を惹きつけてやまない。

32歳とは思えない色香と、知的な会話は、この店のムードメーカーだ。美咲は実は競馬の知識が豊富で、競馬記者並みの博識である。競馬雑誌を読み込み、緻密なデータ分析を得意とする、隠れた競馬通なのだ。

そんな美咲の店で、いつものようにカウンターに座っていたのが、25歳の証券マン、祐一。優柔不断な性格で、頼りない男。

「はーい、いらっしゃいませ！祐一くん、今日も一日お疲れ様。いつもの？」美咲は、グラスを磨きながらにこやかに祐一を迎えた。カウンターの向こうでグラスの氷がカラン、と涼やかな音を立てる。祐一は、手元の競馬雑誌を広げたまま、眉間にシワを寄せている。

「美咲ママ…今週末の関屋記念、全然わかんないっすよ。なんか、いつものデータが今年は当てにならないとか聞くし…」祐一が弱々しくため息をつくと、美咲はくすりと笑った。

「あらあら、祐一くん。相変わらず頼りないわねぇ。でも、今年の関屋記念は確かに一筋縄ではいかないかもね」美咲は、祐一の広げた雑誌を覗き込む。彼女の視線は、瞬く間に記事のデータに吸い込まれていく。

「でもね、祐一くん。こんな時こそ、隠れた傾向を見抜くのが腕の見せ所よ」美咲は、艶やかな指先で雑誌のページをなぞりながら、静かに語り始めた。

勝率こそ高くないけれど、前走NHKマイル組に限れば、なんと**3着内率が50%**に跳ね上がるの。これは見逃せないわね」美咲は、くいっとグラスを傾ける。

「今年の該当馬は、イミグラントソングね。この子の動向はしっかりチェックしておきたいわ」

「次に、前走の距離についてだけど…確かに1600m組は3着内シェアが高いわね。今年は開催時期が少しずれたから、その影響も考えられるけど、基本的な傾向として頭に入れておいて損はないわ」美咲は、再び雑誌のデータを指し示す。

「今年のメンバーだと、イミグラントソング、アルセナール、シヴァース、ダイシンヤマト、ボンドガールがこれに該当するわね」

「そしてね、祐一くん。レースの『格』もとっても大切なのよ。特に、前走G1組は、勝率こそ低いけれど**3着内率は28%**と高いわ。

それから、G3組の3着内シェアも侮れないの。だから、G1組とG3組の組み合わせは、もしかしたら面白い結果を生むかもしれないわね」美咲は意味深に微笑む。

「今年の前走G1組は、やっぱりイミグラントソング、それからオフトレイル、ボンドガールね。そして前走G3組は、カナテープ、キョウエイブリッサ、シヴァース、ダイシンヤマト、フォーチュンタイム、リフレーミング、レガーロデルシエロ…ふふ、たくさんいるわね」

「激推し本命馬は…ズバリ、

イミグラントソングよ！」

美咲の言葉に、祐一は目を見開く。「へ、へえ！やっぱりイミグラントソングっすか！ママがそこまで推すってことは、相当な理由があるんすね…！」

「ふふ、もちろんよ。これまでのデータ分析を見れば、この子の希少価値と可能性は計り知れないわ。人気になるでしょうけど、それでも信頼できる一頭よ」

美咲は、自信に満ちた表情で言い切る。

「そして…祐一くん、ここからが美咲ママの真骨頂よ」美咲は、カウンターに身を乗り出す。

「激推し穴馬は…

アルセナール！」

「アルセナール、ですか？前走は3勝クラスでしたよね…」祐一が首を傾げると、美咲はにやりと笑った。

「そうよ。過去10年のデータでは、前走3勝クラスの馬は［1,0,2,6］と決して目立つ数字ではないわ。

でもね、前走1着という条件を加えれば、なんと**3着内率は42.9%**に跳ね上がるのよ！これは見逃し厳禁の条件よね」美咲は、グラスの縁を指でなぞる。

「アルセナールは、この条件にぴったり当てはまるの。まさに『夜蝶』に舞い降りた一等星よ。人気薄になるようなら、忘れずに押さえておきたいわね」

「どうかしら、祐一くん。少しは関屋記念のイメージが湧いたかしら？」美咲は、妖艶な笑みを浮かべて祐一を見つめる。

祐一は、先ほどまでの不安そうな顔つきから一変、真剣な眼差しで雑誌のページを睨んでいた。「美咲ママ…すげぇっす。ママの話を聞いたら、なんか…いける気がしてきました！」

「ふふ、そうでしょう？競馬はデータだけじゃないけれど、データから見えてくる物語もあるのよ。　

さあ、祐一くん、もう一杯いかが？今夜は関屋記念の勝利を願って、乾杯しましょうか」美咲の甘い声が、夜のバーに溶けていく。祐一は、美咲の言葉に導かれるように、静かにグラスを美咲の方へ差し出した。