【七夕賞の記憶】単勝213倍マデイラ、奇跡の3着入線劇

夏の福島競馬場、七夕賞。2015年のこの日、ほとんどのファンが注目すらしなかった一頭の馬が、競馬史に名を刻む大波乱を巻き起こしました。単勝213.4倍という驚異的な低評価を覆し、G3の舞台で3着に激走したマデイラ。それは、諦めない人馬の魂の走りが生んだ、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい物語でした。

マデイラ:タフな競走生活と「無事是名馬」の証

マデイラ:43戦を駆け抜けた一頭の軌跡

マデイラ(牡 栗毛 2009/04/08生)は、2025年7月11日現在で抹消されているものの、その生涯で43戦を走り抜いたタフな競走馬でした。[4,3,2,33]という成績は、勝ち鞍こそ多くはないものの、怪我なく長く走り続けられたという意味で「無事是名馬」という言葉を体現していたと言えるでしょう。


キャロットファームと一口馬主の夢

マデイラを所有していたのは、有限会社キャロットファーム。一口馬主クラブとして知られる同クラブは、累計で本賞金487億7048万円、重賞勝利数154勝を誇り、馬主ランキングで堂々1位に輝いています。多くの競馬ファンが一口馬主として夢を託す中で、マデイラもまた、その夢を乗せて走り続けていました。オープンクラスまで上り詰めた彼の存在は、多くの出資者の記憶に深く刻まれていることでしょう。

実は、私もはるか昔、若かりし頃に優駿ホースクラブ(荻伏やシチーで有名でしたね)の馬を所有していた経験があります。残念ながら勝利を味わうことはできませんでしたが、愛馬の写真がクラブから届くたびに、競馬とはまた違った喜びを感じて部屋に飾っていました。マデイラの馬主さんもまた、彼が引退するまでの長い時間を共に過ごす中で、満ち足りた気持ちだったのではないでしょうか。


名門ノーザンファームが育んだ血統

マデイラを生産したのは、競走馬生産界のトップを走り続けるノーザンファームです。彼らが生産した馬の累計成績は、1着8473回、2着7314回、3着6578回、本賞金は2059億5827万円にものぼり、生産者ランキングでも圧倒的な1位を誇ります。勝率10.7%、連対率20.3%、3着内率29.2%という驚異的な数字は、ノーザンファームが競馬界に与える影響の大きさを物語っています。マデイラもまた、この名門牧場で培われた素質を受け継ぎ、長い現役生活を送ることができました。

213倍の奇跡:マデイラと大野拓弥、七夕賞を駆け抜けた魂の走り

2015年7月12日、福島競馬場の芝コース。夏の陽光が照りつける中、第51回七夕賞のゲートが開いた。16頭のサラブレッドが咆哮とともに飛び出す。観衆の視線が上位人気馬に集まる中、ひっそりと4枠7番に収まった栗毛の馬、マデイラには、単勝213.4倍という数字が静かに物語るように、ほとんど期待の声は寄せられていなかった。鞍上を務めるのは、ベテランの域に達しつつあった大野拓弥騎手。彼は静かに、しかし確かに、マデイラの背に跨っていた。


レース序盤:好位追走とトウケイヘイローの逃げ

スタートが切られると、最軽ハンデ52kgのマデイラは内ラチ沿いの絶好のポジションを確保する。先行策を得意とする彼は、無理をせず4番手を追走。大野騎手は手綱を優しく引き、愛馬のリズムを尊重している。
遥か前方では、重賞4勝の実績を持つトウケイヘイローが、58kgのトップハンデをものともせず、後続に大きなリードを築いて逃げている。その差は一時、5馬身にも広がった。スタンドからは、逃げるトウケイヘイローに期待する声が上がる。
しかし、レースはまだ中盤。1000m通過タイムは59秒5と、決して楽なペースではない。3コーナーに差し掛かるあたりで、逃げるトウケイヘイローの脚色が鈍り始める。

みるみるうちに、2番人気のグランデッツァがその差を詰めてきた。そして、2頭の直後、内ラチ沿いをロスなく追走していたマデイラの姿があった。鞍上の大野騎手は、じっとその時を待っているようだった。

直線に入ると、逃げ馬を射程圏内に入れたグランデッツァが満を持してスパートを開始する。その内からは、メイショウナルトも粘り込む。
後続の馬群は、馬場の外へと大きく膨らみながら最後の力を振り絞るが、内ラチ沿いの4頭の脚色は衰えない。


ゴール前の攻防:迫りくる後続とマデイラの粘り

先に脱落したのはトウケイヘイローだった。勢い良く抜け出したグランデッツァに、マデイラが懸命に食らいつく。

残り200m、グランデッツァの勝利はほぼ確実と思われたその瞬間、後方から怒涛の勢いで迫ってきた馬がいた。
ステラウインドと名手・蛯名正義だ。雪崩のような勢いでマデイラに迫る。さらに後続馬群の塊が押し寄せてマデイラを飲み込み、包みこんでしまった…ゴールまで残り僅か数メートル。

観衆の目は、先頭争いを繰り広げるグランデッツァとステラウインドに釘付けになっていた。しかし、内ラチ沿いで必死に脚を掻いていたマデイラの姿を捉えた者は、ほんの一握りだったかもしれない。

激しい叩き合いの中、ゴールラインを通過する寸前、僅かに、本当に僅かに、マデイラがクビ差前に出ていたのだ。
2着はステラウインド、そして、誰も予想しなかった3着に、単勝213倍のマデイラが滑り込んだ。

場内には、一瞬の静寂の後、どよめきと驚きの声が広がった。大方の予想を覆し、波乱を巻き起こしたマデイラと大野拓弥騎手。その内ラチ沿いを最後まで諦めずに走り抜いた姿は、多くの観客の目に焼き付いたことだろう。

単勝213倍という数字は、この日、確かに覆されたのだ。

競走馬マデイラの血統解説:ダート王と稀代の種牡馬の融合

競走馬マデイラの血統は、父クロフネと母マチカネエンジイロ、そして母父サンデーサイレンスという、日本の競馬史に名を刻む名血が組み合わさっています。この配合は、芝・ダートを問わず活躍できる可能性を秘めた、非常に興味深いものです。

父:クロフネ

マデイラの父であるクロフネは、現役時代にNHKマイルカップ(芝G1)とジャパンカップダート(現チャンピオンズカップ、ダートG1)を制覇した希代の二刀流馬として知られています。
芝とダートの両方でG1を勝利した唯一の馬という、その唯一無二の実績は、彼のスピードとパワー、そして適応能力の高さを示しています。種牡馬としても、クロフネは芝・ダート双方で活躍馬を輩出し、特にダート路線ではその強靭なパワーを伝えることに長けていました。産駒は総じてスピードとパワーを兼ね備え、馬場の良し悪しを選ばないタフさが特徴です。マデイラが43戦も走り続けることができたのは、父クロフネから受け継いだ頑健さによるところが大きいでしょう。


母:マチカネエンジイロ

マデイラの母であるマチカネエンジイロは、現役時代は中央で3勝を挙げた馬です。彼女自身の競走成績は目覚ましいものではありませんでしたが、血統的な背景にその価値があります。
マチカネエンジイロは、サンデーサイレンスが種牡馬として供用され始めた初期の産駒であり、サンデーサイレンスの血を色濃く受け継いでいます。繁殖牝馬としては、マデイラの他に中央で勝ち星を挙げる産駒を複数出しており、堅実な繁殖成績を残しています。


母父:サンデーサイレンス

そして、マデイラの血統において最も重要な要素の一つが、母父に位置するサンデーサイレンスです。
日本の競馬を変えた「稀代の種牡馬」として、その影響力は計り知れません。サンデーサイレンスは、日本の芝路線において圧倒的な強さを誇る産駒を数多く輩出し、ディープインパクトやスペシャルウィーク、アグネスタキオンなど、数々の名馬をターフに送り出しました。彼の産駒は、切れ味鋭い末脚と勝負根性を持つことで知られ、多くのGIレースを制覇しました。
マデイラの血統にサンデーサイレンスの血が流れていることは、彼が単なるダート馬ではない、芝でも通用するポテンシャルを持っていたことを示唆しています。実際にマデイラは芝の中距離戦である七夕賞で3着に入るなど、芝でも実績を残しています。サンデーサイレンスの「勝つことへの執念」のようなものが、マデイラのタフネスや、七夕賞での粘り強さに繋がっていた可能性も考えられます。


マデイラの血統が示す特徴

マデイラの血統は、父クロフネのスピードとパワー、そしてダート適性と、母父サンデーサイレンスの芝適性、切れ味、そして勝負根性という、異なる要素が見事に融合したものです。
これにより、マデイラは芝・ダート問わずに出走し、特に芝の中距離重賞である七夕賞で大穴を開けるほどの能力を発揮することができました。クロフネの産駒は気性の荒さが指摘されることもありますが、サンデーサイレンスの血が、マデイラに競走馬としてのバランスと、長く走り続けるための丈夫さを与えたと言えるでしょう。彼の43戦というキャリアは、まさにこの強靭な血統の賜物であり、その粘り強い走りは、多くの競馬ファンの記憶に残るものでした。

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